旧gaaamiiのブログ

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「自分の中に毒を持て」を読んだ感想

おすすめしていただいたので、読みました。実は以前パラパラっと読んで「自己啓発だなー、どうせろくなもんじゃないだろーなー」と通り過ぎた本だったんですが、読んでみると面白かったです。なんというか、自己啓発本なんて生ぬるいものではありませんでした。岡本太郎さんの人生観について、危険なんだけど率直で誠実なメッセージで綴られた本です。

死を意識すること

一貫してあるのが、死を意識することで生を輝かせようとするような考え方。

しかしここまであがって来たのだ。来た以上、やってやろう。死と対面することこそが、いのちを燃やす真のよろこびじゃないか。

なんとも覚悟に満ちた感じの言葉。しかしこれ、実は岡本太郎さんが初めてスキーで急斜面を滑る時の心情を書いたもの。

スキー行って初心者の友だちがこんなこと言ってたら「いやwやめとけよ危ねえよww」と半笑いで注意したくなるけど、岡本太郎さんはもう本気中の本気。転ぶ恥どころか、大怪我をする危険とかも望むところだという姿勢でスキーに挑む。たかがスキーでもこんな覚悟でやっているのだから、万事がこの調子。本に書かれているあらゆるエピソードから、命をかけることこそが生きることだという価値観がうかがい知れる。

もっと率直に、こんなことも書かれている。

強烈に生きることは常に死を前提にしている。死という最もきびしい運命と直面して、はじめていのちが奮い立つのだ。死はただ生理的な終焉ではなく、日常生活の中に瞬間瞬間にたちあらわれるものだ。

この本に書かれている価値観はすべて、こういった前提の上に書かれている。選択があった時に「危険な方を選んだほうが上手いこといきますよ」なんてことじゃなくて、「危険な方を選んだほうがいのちが奮い立ちますよ」ということが書かれている。上手くいくかどうかなんてことは最初から問題にしていない。

幸福反対

ぼくは”幸福反対論者”だ。幸福というのは、自分に辛いことや心配なことが何もなくて、ぬくぬくと、安全な状態を言うんだ。

社会的な成功だけでなく、幸福さえも否定している。幸福まで否定しちゃったら何に価値を見出すのさ、ということについてはこう書いている。全くブレない。

ぼくは幸福という言葉は大嫌いだ。ぼくはその代りに”歓喜”という言葉を使う。危険なこと、辛いこと、つまり死と直面し対決するとき、人間は燃えあがる。それは生きがいであり、そのときわきおこるのがしあわせでなくて、”歓喜”なんだ。

そう、ここでも”死”が出てくる。

感想

なんとなく、「悪人」という映画を思い出した。あの映画の中で、娘を殺された床屋のおやじさんが容疑者の大学生を詰めるシーンがある。

容疑者の大学生は娘さんを山中に放置しただけで無罪だったから仲間とうぇいうぇい盛り上がっていたんだけど、そこにおやじさんが詰め寄る。 なんで娘を放置した、と。 凶器を持ってすんごい形相でおやじさんが向かって来る。 血の気がひいた大学生の表情を見たおやじさんが一言、「そうやって生きていかんとね」と言って立ち去る。

ゆるみきった若者と、まさにいのちを燃え上がらせてるおやじさんの対比が凄まじい。

人の殺し合いとかそれに近い場面に居合わせたことが無いので映画を例に出したけど、普通の人ってやっぱこういう異常な場面じゃないと生を実感することなんてできないと思う。

だから本を読んで、こんな生き方が選べるのかと今の自分が考えても無駄な気がした。しかし、生きることについて、ちょっと考え方が変わった。

よく、逆境はチャンスだなんて言うことがあるけど、まさにそうなのかもしれない。もう人生どん詰まりじゃないか、死ぬかもしれないという状況で「岡本太郎があの本に書いていたように、いのちを燃え上がらせるチャンスかもしれない」と思えるようになりたい。